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金沢地方裁判所 昭和23年(ワ)123号 判決 1949年2月17日

原告

谷ふよ

合資会社谷商店

被告

石川県農地委員会

島崎誠一

三野北三郞

田治德二

島津吉太郞

"

主文

被告石川県農地委員会に対する原告等の請求を却下する。

被告島崎誠一、被告三野北三郞、被告田治德二、被告島津吉太郞に対する原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の連帶負担とする。

請求の趣旨

別紙目録記載の農地を耕作する権利を有することを確認する。被告島崎誠一は別紙第一目録記載の農地を、被告三野北三郞は同第二目録記載の農地を、被告田治德二は同第三目録記載の農地を、被告島津吉太郞は同第四目録記載の農地をそれぞれ耕作してはならない。訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、その請求原因として、別紙目録記載の農地は登記簿上原告合資会社谷商店の所有名義に登載されているが実質的には、原告谷ふよの所有であつて、同人は昭和十六年四月以来これ等の田を自作して来たものであるが、七尾市西湊地区農地委員会は昭和二十二年三月二十日、これ等の農地が自作農創設特別措置法第三条第五条第四号に定める法人の所有する小作地に該当するという理由で、之を国家に買收し別紙第一目録記載の農地を被告島崎誠一に、同第二目録記載の農地を被告三野北三郞に、同第三目録記載の農地を被告田治德二に、同第四目録記載の農地を被告島津吉太郞に各売渡す旨の買收並びに売渡の決定を爲し、被告石川県農地委員会は該決定を是認してこれに承認を与え、其の結果国家はこれ等の農地を買收し前記売渡決定の趣旨通り被告島崎誠一外三名の被告にそれぞれ前記の農地を売渡した。然しながら敍上の行政処分は、成規の縦覽手続を経たものでなく、又これを買受ける資格を有しない者に売渡した違法の処分であるから登記簿上の所有名義者である原告合資会社谷商店は被告石川県農地委員会を対手取り、金沢地方裁判所に対し前記行政処分の取消を求める爲行政処分取消請求の訴を提起し、該事件は同庁昭和二十三年(行)第七号事件として係属し、昭和二十三年十月十三日原告敗訴の判決の言渡を受けたが、之に対し原告合資会社谷商店は名古屋高等裁判所金沢支部に控訴の申立を爲し、目下係争中であるが、斯る違法な買收並びに売渡の行政処分に依り、原告谷ふよは別紙目録記載の農地に対する所有権を失うことがなく、従つて原告谷ふよの該農地を耕作する権利は消滅せず、又被告島崎、三野、田治、島津等はこれ等の農地に対する所有権を取得することがない。然るに被告等は前記農地に対する原告合資会社谷商店の登記簿上の所有権及び原告谷ふよの実質的の所有権を否定し、被告島崎は別紙第一目録記載の農地に、被告三野北三郞は同第二目録記載の農地に、被告田治德二は同第三目録記載の農地に、被告島津吉太郞は同第四目録記載の農地に、それぞれ立入りほしいままに之を耕作して原告合資会社谷商店の登記簿上の所有権並びに原告谷ふよの実質上の所有権を侵害している。そこで原告合資会社谷商店及び、原告谷ふよは所有権に基き、前記の行政訴訟と別個に民事訴訟をもつて、被告等に対し原告谷ふよが別紙目録記載の農地を耕作する権利を有することの確認を求め、被告島崎誠一に対し同被告が別紙第一目録記載の農地に、被告三野北三郞に対し同被告が同第二目録記載に、被告田治德二に対し同被告が同第三目録記載の農地に、被告島津吉太郞に対し同被告が同第四目録記載の農地にそれぞれ立入り該農地を耕作することの禁止を求める爲本訴請求に及ぶと陳述し、立証として甲第一乃至第八号証を提出し乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告主張の事実中別紙目録記載の農地がもと登記簿上原告合資会社谷商店の所有名義をもつて登載せられていたこと原告主張日時七尾市西湊地区農地委員会が原告主張通りの買收並びに売渡の決定を爲し、被告石川県農地委員会がこれを承認したこと、其の結果国家が之等の土地を買收し原告主張の通りこれを被告島崎、三野、田治、島津に各売渡したこと、原告合資会社谷商店が被告石川県農地委員会を対手取り金沢地方裁判所に対し右の行政処分の取消を求める爲行政処分取消請求の訴を提起し該事件が同裁判所昭和二十三年(行)第七号事件として係属し原告主張の日時原告敗訴の判決の言渡を受けたことはいずれもこれを認めるが其の余を否認する。敍上の行政処分は適法且正当なものである。七尾市西湊地区農地委員会は、別紙目録記載の農地が原告合資会社谷商店の所有であり自作農創設特別措置法第三条第五項第四号に所謂法人の所有する小作地に該当するので同法第三条の規定に基いて之を買收し、買受申込人である被告島崎、三野、田治、島津に対し同法第十六条の規定に基き別紙第一目録記載の農地を被告島崎に、同第二目録記載の農地を被告三野に、同第三目録記載の農地を被告田治に、同第四目録記載の農地を被告島津にそれぞれ売渡す旨の買收並びに売渡の決定を爲し、法定の縦覽手続を履践し、被告石川県農地委員会は法定の手続を経て右の買收売渡決定を適法且正当なものとして承認し其の後国家が前記の決定に基き之を買收して被告島崎、三野、田治、島津に対し敍上売渡決定の趣旨通りに売渡したものであつて、前記の行政処分には何等の違法不当がない。従つて原告合資会社谷商店の別紙目録記載の農地に対する所有権及び原告谷ふよの該農地を耕作する権利は右の行政処分によつて既に消滅したものであつて、被告石川県農地委員会が敍上のような行政処分を爲し被告島崎、三野、田治、島津が別紙目録記載の農地に立入りこれを耕作しても何等原告等の権利を侵害するものでないから原告等の本訴請求に応ずることが出来ないと陳述し、立証として乙第一号証の一乃至八同第二乃至第五号証を各提出し甲号各証の成立を認めた。

理由

原告等の被告石川県農地委員会に対する本訴請求の趣旨は、原告谷ふよが別紙目録記載の農地を耕作する権利を有することの確認を求めると言うのであり、其の請求原因として陳述した事実の要旨は別紙目録記載合計八筆の農地は登記簿上原告合資会社谷商店の所有であり原告谷ふよが実質的の所有者としてこれ等の農地を耕作する権利を有しているのであるが七尾市西湊地区農地委員会は、これ等の農地を自作農創設特別措置法第三条第五項第四号に該当するとして、之を国家に買收し被告島崎に其の一筆を被告三野及び田治に各其の二筆を、被告島津に其の三筆を売渡す旨の買收並びに売渡の決定を爲し、被告石川県農地委員会は前記七尾市西湊地区農地委員会の決定を承認し其の結果これ等の土地が国家に買收され被告島崎、三野、田治、島津等に売渡されたのであるが、右の行政処分は違法の行政処分であるから其の取消を求める爲、原告合資会社谷商店は別に金沢地方裁判所に行政処分取消請求の訴を提起し原告敗訴の判決の言渡を受け控訴の申立を爲し目下控訴審に於て審理中であるが、敍上行政処分は違法の処分であつて原告谷ふよの別紙目録記載の農地に対する実質的の所有権並びにこれに基いて原告谷ふよの該農地を耕作する権利はこれに依つて何等の影響を受けないから、原告は敍上の行政訴訟と別個に民事訴訟をもつて原告谷ふよが右の農地を耕作する権利を有することの確認を求める爲本訴請求に及ぶと言うのである。よつて按ずるに私人が行政庁との間に私権の存否並びに其の範囲について争を生じ或は行政庁の職権行爲によつて私権を侵害せられたときは、国家を対手方とし裁判所に対し私権の存否若しくは其の範囲の確定又は侵害の排除を求める爲民事訴訟を提起すべきであつて、行政庁を対手方とし民事訴訟を提起すべきではない。何となれば行政庁は国家や自治団体のように独立の法人格を有せず私法上の権利義務の主体となる資格を持つていないからである。尤も民事訴訟法は私法上の権利主体でないものにも当事者能力を附与しているが、それは例えは権利能力を有しない社団のように、当事者能力を附与しなければならぬ必要と理由とを備えて居るものに限られるのであつて、決して権利能力を有しないもの例えば国家又は自治団体の機関に対して、一般に当事者能力を認める趣旨ではない。ただ行政事件訴訟特例法に基く行政訴訟においては、行政訴訟に個有な特殊の訴訟法律関係を成立せしめる必要があるために一般に行政庁が訴訟当事者となることを認めて居るに過ぎない。そうだとすると被告石川県農地委員会は農地調整法に基いて設置され同法の定める農地に関する各種の法律関係の調整、自作農創設特別措置法の定める自作農の創設等の国家事務に参与する職務と権限を有する国家機関であるから、此の国家機関に対し原告谷ふよが別紙目録記載の土地を耕作する権利を有することの確認を求める原告の本訴は、当事者能力を有しない者を対手方とし私権の確認を求める違法の民事訴訟であつて、法律の許容するところでないから不適法の訴としてこれを却下しなければならない。次に其の他の被告等に対する原告の本訴について按ずるに、別紙目録記載の農地がもと登記簿上の原告合資会社谷商店の所有名義に登載されていたこと、七尾市西湊地区農地委員会が昭和二十二年三月二十日これ等の農地が自作農創設特別措置法第三条第五項第四号に定める法人の所有する小作地に該当するという理由で、これを国家に買收し別紙第一目録記載の農地を被告島崎誠一、に同第二目録記載の農地を被告三野北三郞に、同第三目録記載の農地を被告田治德二に、同第四目録記載の農地を被告島津吉太郞に各売渡す旨の買收並びに売渡の決定を爲し、石川県農地委員会が該決定を是認してこれに承認を与え、其の結果国家がこれ等の農地を買收し前記賣渡決定の趣旨通り被告島崎誠一外三名の被告にそれぞれ前記の農地を売渡したことは当事者間に争がない。原告訴訟代理人は、別紙目録記載の農地は実質的に原告谷ふよの所有であり同人は該農地を從来耕作して来たものであるが、叙上の農地に対して行われた前記の行政処分は違法であつて、斯る違法な行政処分に依り原告谷ふよは別紙目録記載の農地に対する其の所有権を奪われることがなく、又該農地に対する其の耕作権を失うことがないにも拘らず被告等はこれ等の農地に立入りほしいままに之を耕作して別紙目録記載の農地に対する原告谷ふよの所有権並びに耕作権を侵害していると主張するので按ずるに、行政庁の行爲が一個の行政処分として成立したとき、其の処分が仮令違法なものであつても裁判所の判決其の他に依つて有権的に取消されない限り其の行政処分は一応法律上有效な行政処分として取扱われ関係者は該処分に拘束せられねばならぬことは多言を要しないのであるが、ところで、前記のような行政処分が爲された後原告合資会社谷商店が石川県農地委員会を対手取り金沢地方裁判所に対し前記行政処分の取消を求める爲行政処分取消請求の訴を提起し、該事件が同庁昭和二十三年(行)第七号事件として係属し昭和二十三年十月十三日原告敗訴の判決の言渡を受け、原告合資会社谷商店より名古屋高等裁判所金沢支部に控訴の申立を爲し目下同支部に於て審理中であり、叙上行政処分がまだ取消されていないことは当事者間に争がない。そうだとすると国家が別紙目録記載の農地の所有者を原告合資会社谷商店であると認定し該認定に基き之を買收して其の所有権を一旦国家に收め更に之を被告等に売渡して其の所有権を同人等に帰属せしめた一連の行政処分は有効であつて被告等は各自其の所有権に基き別紙目録記載の農地を耕作しているものであるこどが明かであるから原告の右の主張は其の理由がなく採用することが出来ない。そういう次第であるから被告島崎誠一、三野北三郞、田治德二、島津吉太郞に対する原告等の本訴請求は失当としてこれを棄却し訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文の通り判決する。

(別紙目録省略)

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